2005年1月1日土曜日

2005年の年頭ご挨拶

С Рождеством и С Новым годом
寒中お見舞い申し上げます

「思いがけなく」
 という、政治囚だった人が家族の元に帰り着いた瞬間を描いたイリヤ・レーピンの絵画がありましたが、ここでは昨年立て続けに起こった予想外の出来事を。夏のお便りのときにも書きましたが、私は多くの人が「全く予想外」とした、ユーロ2004でのギリシャ優勝を当て、猛暑を乗り切れるだけの「アイスクリーム権」を獲得しました(まだ残存、冬にアイスクリームもよいものなので、少しずつ行使していくつもり)。ただ、私の予知力も下記のような実用的な分野では殆ど発揮できませんでした。

1.ジンバブウェ編~3人目のフォスターチャイルドが「卒業」
 11月半ばに2004年の成長レポートが届き、こちらからの手紙を「今度は写真もお送りします」として送ったら、それと入れ違いで突然やってきた121日付の「終了通知」。18歳になって「援助対象から卒業」となったのです。
 彼女は私の3人目のフォスターチャイルドで、ジンバブウェ内の最大のエスニックグループ、ショナ民族であったそれまでの2人と違って、ンデベレ民族で(といっても、この二民族がどのように違うのかはよくわからない。人名や地名の語感は明らかに異なりますが、外見は写真で見る限り同じように可愛かったので)いろいろと興味がそそられたのですが、このところはあまり手紙を送っていなくて申し訳なく思っていました。頂いたばかりの成長記録に添えられた写真では、背が伸びて母親と同じくらいになっており、こんなに早く成長するなんて・・・こちらもいつのまにか年を取っているわけです。
 彼女がこれからもよく学び、学校を終えて社会に出てからは人びとのためによい働きをすることができますように。
 4人目のフォスターチャイルドは、再びショナ民族の女の子で、1996年生まれ。私が「コーリャ~愛のプラハ」や「コーカサスの虜」を東京国際映画祭で観た年。つい最近のように感じます。

2.イラン編①~担当ケース、謎の「終了」
 これまで何度か皆様にご協力をお願いしてきた(多くの方には12月に駐日大使宛の要請書の署名・投函をお願いしたばかりでしたね)2人の「良心の囚人」について、これも突然「ケース終了」の通知がアムネスティ本部から届いていたことが年の瀬も押し迫ってからわかりました。
 イランの「良心の囚人」は、シリア共産党(国内派)員(無事釈放)、ギリシャの良心的兵役拒否者(EC加入のための刑法改正により釈放)、エジプトのイスラーム急進派の医師(刑期終了?)に続いて、4件目の担当ケースでしたが、今回はこれ以上の情報入手が困難なことによる当該地域からの調査部門の撤退であるらしく、これまでのように「晴れて終了」ではないことが何とも残念です。自由権の中核であるはずの思想信条の自由、身体の自由の回復が確認されないまま、そんなことでケースを終了してよいものなのか、私自身は納得がいかない気持ちで一杯ですが、個人の一存ではどうにもなりません。ご協力いただいた皆様には大変申し訳なく思っています。私としても、今までで最も力を入れて取り組んだケースで、イランの情報を集めるのにせっせと新聞の国際面を読み漁ったり方々の図書館からイスラーム法の本を借りてきたり駐日大使館主催の文化行事に参加したり、またハタミ大統領や閣僚達、駐日大使への要請を多くの方々にお願いしました(無論、なすべきことをし尽くしたとは言えず、もっとやりようがあったのでは、という思いは大きいですが)。皆様、どうもありがとうございました。厚く御礼申し上げます。
 この後は・・・アムネスティの場合、フォスターチャイルドのようにすぐには次が決まらず、しかも希望が容れられたためしがないのです。個人的にはアラビア語圏をやってみたいのです。せっかく勉強を続けているので。

♪補遺:その後のアラビア語状況(と、書くほどのこともないのですが)
現在は週1回のテレビ講座と、人名をイラン映画(東京フィルメックス映画祭ではレバノン映画も)のクレジットロールで時々お勉強。格や数字の変化や動詞の活用の複雑さに既に落ちこぼれ気味。このお正月休み、一日一課の復習に充てました。文法も発音も、アラビア語の難しさはロシア語の比ではありません!しかし、リスニングについてはロシア語を始めた頃よりも多くを聴き取れているような気がします?!ロシア語のニュースってやたらと猛スピードだし、ロシア語を始めた当時に日本で公開されたロシア語の映画(А.С.監督やС.Б監督の作品)は台詞をはっきり言わないようなものが多かったせいか。「どうぞ」「ありがとう」等基本的な単語もアラビア語の映画の中での方がよく言われているように思います。

3.健闘を称えたい~旧ソ連圏編
①今注目のウクライナ、といっても「オレンジ革命」ではなく、サッカーのこと
UEFAカップ決勝トーナメント32チーム中、ドニエプル・ドニエプロペトロフスクシャフタール・ドネツクディナモ・キエフとウクライナが3チーム残りました。ACミランのFW、アンドリー・シェフチェンコはFIFA年間最優秀選手の最終候補に残りました。そして、ワールドカップのヨーロッパ予選では目下グループ1位。初出場を目指して後半戦も気を抜かずに、と祈っています。
『木漏れ日のラトヴィア』黒沢歩著新評論
日本語教師の若い女性がよくぞここまでこの国の人々の中に入りこんだと感心。EU加盟申請の際には主要民族以外の居住者(「ノンシティズン」或いは「ロシア語系の人々」)の処遇を巡ってバルト三国中最も懸念されたラトヴィアを、手放しに褒め上げるでもなく、手厳しく非難するでもなく、冷静に描写している点が出色の出来。カザフスタン出身の朝鮮系の女性教師の話が特に印象的。こういった本が、例えばウクライナ関連でもないでしょうか。
「やさしい嘘」ジュリー・ベルトゥチェリ監督(フランス・ベルギー)
 祖母役のゴランタンは史上最高齢(85歳)での女優デビュー、現在91歳、あっぱれなグルジアのグランマ(元貴族か?)を演じる。映画中では息子に先立たれる(出稼ぎ先のパリで事故死する様子は映画中には出てこないが、私の大好きなダルデンヌ兄弟の出世作「イゴールの約束」を想起せずにはいられなかった)のですが、現実でも彼女はベラルーシ(出生当時ポーランド領)の故郷で両親をはじめとする一族の殆ど全員をドイツ軍によって殺されるという悲劇を経験しているのです。それでもなお、「長生きすることは素晴らしい」と思わせることのできる、彼女の顔に刻まれたしわの数々、ゆったりとした動作に、感じ入るばかり。

4.ロシア編~カシタンカ(栗ちゃん)との再会
 表紙に描かれた栗色の犬、カシタンカの可愛いこと!児島宏子さんが訳を、ナターリヤ・デェミードヴァさんが絵を、担当された宝石のようなすてきな本『カシタンカ』(アントン・チェーホフ著未知谷刊)。
 実家で「『くり色の犬』の新訳が出たの」と言っていたら、その後『くり色の犬』を持ってきてくれました(樹下節訳日本児童文庫1958年)。カシタンカを「くり公」と訳しているこの本は、母の代からのお気に入りの一冊で、私にも読み聞かせしてくれていたのです。母にとっても、私にとっても、この本がチェーホフとの出会い。
 再会したカシタンカは、つぶらな瞳でじっとこちらを見上げるキツネ風の犬。また、外見は「大きな白い猫」としか表現されていないフョードル・チモフェーヴィッチは立派なペルシャ猫。血統書つきで、だから父称をつけて呼ばれるのね(お父さんがチモフェイなのです)。
 この『くり色の犬』には他にも子どもが登場するチェーホフの短編が収録されています。中でも『ワーニカ』は、ナターリヤ・オルローワがガラス絵の手法で胸が締め付けられるように美しいアニメーションにしていて(「我が悲しみを誰に伝えよう」)忘れがたい佳作。
実はデェミードヴァさんの『カシタンカ』も元々アニメ製作が先行しており、完成の暁には是非とも日本での公開を望みます。
 
5.カフカ編~単なる天才的変人ではなかった作家
 今まで私にとって「世界に冠たるロシア演劇」と言えば、ユーゴザーパド劇場であり、モスクワ室内歌劇場でありました。伝統的なリアリズムというより、意表をつく演出で舞台全体をカーニヴァルのように演じきるタイプ。が、一昨年フォメンコ工房の舞台「戦争と平和」や映画「変身」(ヴァレリー・フォーキン監督)を観たあたりから、俳優の演技力そのものにもただもう感嘆して引き下がるしかないと感じています。派手なことは何一つなく、じっくりしっとり丁寧に、これぞチェーホフ劇、登場人物の一人一人を愛しく共感できる人物として描くマールィ劇場の「三人姉妹」で止めを刺したかに思えます。おまけにこれらの魅力は遅効性で、思い返すたびにじわじわくるのです。
 昨年ようやく映画「変身」が一般公開されました。思い起こし、感動が甦ってしまうのは、主役のミローノフの迫真の演技、上司役レオンチェフの存在感、大化けしそうな妹役の女優の清新な魅力、地味だが、いや地味だからこそ役柄を全うしている父と母を演じた俳優達に漂う気品。
 そして私はここでもう一つ大きな発見をしたのです、原作者カフカその人について。『カフカを読む~池内紀の仕事場3(池内紀著みすず書房)は、カフカが法学部を卒業して司法修習もし、帝国の法律に精通した優秀な官吏であった一面を、平易にしかもおもしろく、私に教えてくれました。実際に携わっていたのは、当時まさに制度が整備されつつあった労働保険についてで、労災のための保険の掛け金を安くごまかそうという工場主たちとやり合う中で、彼はそこらのプロレタリア作家よりもよほど労働者の実態を知り抜いていた、といいます(彼の手による労働災害についての報告書も残っている、正視できないような図まで付されて)。そうやって働きながら、あの変な小説を著したのですが、そこに描かれているのが何ものだったのかは、鈍い私には今までわかっていなかったのですね。池内先生、ありがとうございます。

6.旧チェコスロヴァキア編~やっと会えたね、幻の名作
『チェコ怪奇骨董幻想箱』の変な映画群から、オルドリッチ・リプスキー監督「アデラ~ニック・カーター、プラハの対決」1977年)「カルパテ城の謎」1981年)
 観客を馬鹿にしているとしか思えない、せこくてばればれのギャグ(しかもしつこい)、本末転倒になっている無意味に大掛かりな小道具類。でもこれが一頃流行ったインド・マハラジャムービーやアジア諸国からは「今頃ブームだなんて10年遅いよ」と言われている韓流ドラマよりおもしろく、ためには全然ならないと、絶対の自信を持ってお勧めできる旧チェコスロヴァキア映画、その頂点をなすのがこのリプスキーの作品群。今はなき映画館「有楽町シネ・ラ・セット」に最初に足を踏み入れたのが「レモネード・ジョー」でして、それ以来観た人全てが絶賛する伝説的カルトムービー「アデラ」を観られるのをずっと心待ちにしていました。遂にその日が迎えられた、何という幸せ!
②ズデネック・ミレル「クルテク」「コオロギくん」シリーズ他とカレル・ゼマン「ほら男爵の冒険」
 「どうでもいいことに手間隙かける」という点では他の追随を許さないチェコ映画(前項を大いに参照のこと)で、そのローテク特撮の限りを尽くしているのが何だかとっても意味があることのように思えてくる、それが以前紹介した「盗まれた飛行船」「彗星に乗って」「前世紀探検」「狂気のクロニクル」のカレル・ゼマンの実写(+α)映画「ほら男爵の冒険」1961年)。言われていたとおり確かにこれが最高傑作です。如何にお金をかけて精巧なCGを使っても敵いっこない至福の贅沢を感じることの出来る冒険映画。おすぎとピーコ風に言えば「コレも観ときなさい!」ですね。
 一方のミレルのアニメーションは、素直で可愛らしくて、「幸せになるためのチェコアニメ」決定版。懐かしいもぐらのクルテクに負けず劣らず魅力的なのがヴァイオリンを手にしたコオロギくんシリーズ。虫の声を愛でるのは東洋人の専売特許ではないのだ!ミレルの作品は当然世界中で愛されているけれど、唯一アメリカでは不発だったとのこと。このよさがわからないアメリカというのは、やはり変なのでは??(実は東京で公開されたときもあまり人が入っていなくて、日本もアメリカ同様おかしいのかも?と思い始めています。)

7.アメリカ合衆国編~ブッシュ再選は予想できたけれど
私が正面切ってこの大国について言及するのは恐らく初めて。アメリカは、その歴史も文学も演劇も映画もスポーツもその他諸々の分野も私の関心を引かなかったので。今でも積極的に知りたいという気は起こらないのですが、大統領選の結果等について「事務所だより」で数人が取り上げており、特に「キリスト教原理主義」「福音主義右派(evangel right)」と称される思想・宗派については、問い直さずにはいられなくなったのです。福音とは、聖書とは、信仰とは、平和と解放を想起させるもの。だからバルト、ボンへッファー、ヴァイツゼッカーらドイツ系統の著作であれば、比較的すんなりと読み進められる(真面目に研究対象として捉えたら決して親しみやすくはないでしょうが)。一方、アメリカ福音主義右派については直感的に違和感を持ってしまう。けれど、このまま無関心であったり無知であったりすることはもはや許されないのではないか。そういうキリスト教の潮流がブッシュを再選させる原動力となり、大国の権力中枢にあって戦争政策(彼らが言うところの「世界救済運動」)を熱狂的に支持しているのは、紛れもない現実なのだから。
「知らなければいけない」とは言っても、原理主義バリバリの人といきなりお知り合いになって論争する、というのはちょっと・・・でしたので、まずは手当たり次第関連書籍をかき集めました。
『囚われの民、教会~南部バプテストの社会的姿勢に見る、教会と文化の関係史』(ジョン・リー・エイミー著金丸英子訳教文館)、アメリカの南部バプテスト教会史研究の非常に分厚い本。宗教史というより、アメリカ南部の歴史を知るのにもよい1冊だと思います。その他『現代アメリカ神学思想』(宮平望著新教出版社)、『宗教に揺れるアメリカ~民主政治の背後にあるもの』(蓮見博昭著日本評論社)、宗教ばかりで辟易してきた時のために『アメリカ憲法は民主的か』(ロバート・A・ダール著杉田敦訳岩波書店)。これらはいずれも私にとっていささか気の乗らないテーマであるため、読み終えておりません。さしあたり現時点での結論は、アメリカについての基礎知識の乏しさとともに、聖書そのものに対する理解の浅さが最大の壁であることがわかったので、「やはり聖書自体をよく読まなければ」でした。(次回に続く・・・恐らく)

8.トルコ編~ヨーロッパの中の西アジア
 「イブラヒムおじさんとコーランの花たち」(フランソワ・デュペイロン監督2003年フランス)はパリの裏通りに生きるトルコ人を登場させていますが、「特集・トルコ=ドイツ映画の作家たち」の一本で、唯一日本語字幕付(助かった!)の作品「見知らぬ街へ」(アイシェ・ポラート監督1998年ドイツ)は移民2世世代が<ドイツの中のトルコ>を描いた興味深い作品。既に基調はヨーロッパ、「マーサの幸せレシピ」等との相似が指摘できるでしょうか。
ナイトクラブの歌手、ゼキ(なぜかニューハーフ)は巡業しつつ知人の忘れ形見ツェナイ(悩めるローティーン娘)の母を捜す旅に出かける・・・。最近のトルコ関連の映画というと、ヨーロッパから故郷トルコへ、イスタンブールから田舎へ、と旅するものばかり。誤解を恐れずに言えば、いずれも「中心→辺境」という方向性。ヨーロッパの地に深く根を下ろしていても、今一度原点に還り自らの存在を確認しなおす作業が行われる、ということのよう。イランの移民2世を描いた「ガラスの羽」(レザ・バケール監督2000年スウェーデン)と比較しても、出自への思いはより強力に感じられます。

9.イラン編②~予想していたにもかかわらず、予想以上に凄かったイラン映画
 東京国際映画祭は低調だったが(「ミラージュ」ズベトザル・リストフスキ監督2004年マケドニア)主演のマルコ・コヴァチェヴィチは、ねびゆかむさまゆかしき人かな、正統スラヴ系美少年。サッカー選手ドミトリー・スィチョフをもっと繊細にした感じ。カザフスタンの「スキゾ」で男優賞受賞の少年は「自由とパラダイス」のサーシャとかぶるのでパスだが監督の女性は可愛らしい感じだった)、傑作が揃ったのが東京フィルメックス映画祭。地雷原に生きるクルド人の子ども達を冷徹に撮った(幻想的な要素もあるが、それが苛酷な現実描写から目を逸らせようとしているわけではない)Turtles can fly(原題)(バフマン・ゴバディ監督)と、違法出国を試みる人々を撮った「終わらない物語」(ハッサン・イェフタパナー監督)は、きっと感動するだろうと最初から覚悟していたのに、そんな予想をあっさり上回り、呆れかえるほどに、やってくれました。「Turtles can fly」は岩波ホールで公開予定。絶対観ましょう!
 この2作品や「少女の髪どめ」(2003年夏に紹介)、「午後の五時」(2004年夏に紹介)などに共通するのは、イランの少年(或いは青年)の思いが「ほのかな恋」などと名づけるにはあまりにも一途で、命や自らの存在を簡単に投げ出し、無謀と言ってもよいものであること、そしてそれが報われないこと。
 イランの2作品に比べるとずっと地味ではありますが、イスラエルの巨匠アモス・ギタイの新作「プロミスト・ランド」も日本人は観ておくべき作品だと思います。人身売買によって旧ソ連地域からイスラエルに連れてこられた女性達をドキュメンタリー風に撮っており、台詞の約1/3はロシア語で(他にはアラビア語・ヘブライ語・英語)、しかも非常に印象深い使われ方をしています。
「プロミスト・ランド」上映後、ギタイ監督がある質問(ネタばれになるので書きません)に答えて「日本の監督もこのテーマで映画を作るべきだ」ときっぱり言い切っていたことを付記して、同封のアムネスティのアピールにご賛同・ご協力いただきますことをお願いいたします。


末筆ながら、今年もよろしくお願いいたします。

2003年1月1日水曜日

2003年のお年賀を発掘

2003年の新年&寒中お見舞いの文章

寒中お見舞い申し上げます

☆今回はジャンル別ではなく、地域別にして書きました。スペースの関係上端折っているため(毎度のことながら)、補遺をご希望の方は別途ご連絡ください。К~本、Ф~映画、Т~演劇。展覧会ではコンスタンティン・メーリニコフ展と「チャペック兄弟とチェコ・アヴァンギャルド」がよかったです。

Ⅰまずは私の一番のお気に入り「西アジア」編。
1.「酔っぱらった馬の時間」バフマン・ゴバディ監督(200年イラン)Ф
自然の厳しさと共に戦争・民族差別・経済制裁等々の人為的な要素による苛酷な現実の中で生きる子ども達が美しく、限りなく愛しい。両親を失い、若くして家長としての重責を負うアヨブの決然とした表情は「僕の村は戦場だった」「アンドレイ・ルブリョフ」のニコライ・ブルリャーエフのよう。彼に貴重な助言をするイラク側のカフェの少年(この子も多分クルド人)の方が私の好み。
2.同監督の「わが故郷の歌」(2002年イラン)Ф
わがままなおじいちゃんが元妻を訪ねるロード・ムービーで、一昨年観た「グレイマンズ・ジャーニー」(初恋の人探し)に似ている。イランのおじいちゃんの間ではセンチメンタル・ジャーニーが流行っているのだろうか。強引に付き合わされる息子達はインド映画かと見紛うような太鼓腹のおじさん。イラン・イラク戦争、湾岸戦争、その後も続いている米英によるイラク空爆、難民、至る所が埋葬場所になっている谷、劣化ウラン弾や生物兵器による被害。忘れてはならない現実の重さ、歌と踊りの賑やかさ、独特のユーモアが絶妙のバランスで配合されている。息子が授からないからと10人も妻を持ち、更に求婚するおじさんに対して「男の子が欲しいなら、この難民キャンプに孤児が沢山いるわ。養子にしたらいいでしょう、一人でも二人でも。」ときっぱり断るボランティア女性は前述のアヨブ同様威厳に満ちている。おじさんは「一度に息子が二人も出来た」と無邪気に喜ぶ、全然悪びれていない(しかも美少年を選ぶのだ、これが)。女の孤児は養子にもらえず新たな問題も起こってくるではないかとは思うが、この男性の身勝手さへの痛烈な批判は見事。
3.「遥かなるクルディスタン」イエスィム・ウスタオウル監督(1999年トルコ)Ф
ゴバディは自身がクルド人で、クルド人の生活を迫力の映像で誇り高く描くが、こちらイエスィムはトルコ人女性。自国トルコでのクルド人差別を真正面から描く。冒頭、サッカーの試合の後、興奮した群集がクルド人を(と間違えて肌の色の濃い主人公をも)襲う。サッカー好きの、特にあの攻撃的で速くてタフなトルコのサッカーを愛する者には、目を背けたくなる場面。しかし彼女はトルコの醜く残酷な部分を決して隠さない。イスタンブールもクルディスタンも、街並みもそこに生きる人々も、なんて美しく、なんて悲しいのだろう(と加藤登紀子氏と同じ感想になってしまうのであった)。主人公、友人、脇役まで含めて、男性が実にいい顔をしている。
4.『ハイファに戻って』ガッサーン・カナファーニー著奴田原睦明訳(『現代アラブ小説全集7』河出書房新社より)(パレスティナ)К
NHKFMシアター「中東の文学シリーズ」でドラマ化、再放送もあるはず。ハイファから追われたパレスティナ人夫婦が十数年たってようやく故郷に戻り生き別れた息子と再会すると、彼はイスラエル軍兵士になっていた。祖国についての激しい言葉の応酬があり、結局は敵として対峙し、別れる実の親子。この全集に収録された作品はどれも悲しさに満ちている。『悲しいオレンジの実る土地』はもしかしたら映画化されているのだろうか、読むと情景がいちいち目に浮かぶ。
5.「プロミス」ジャスティーン・シャピロ、B.D.ゴールドバーグ、カルロス・ボラド監督(2001年合衆国)Ф
エルサレム周辺の、パレスティナ・ユダヤ双方7人の子どもに取材したドキュメンタリー。当たり前だが登場する子どもは可愛い。短距離の選手、ファラジのビデオを見たユダヤ人の双子ダニエルとヤルコは「会ってみたい」と言う。自由な家庭環境で育った彼らは言うこともやることも「普通」。残念ながら、双子以外のユダヤ人、聖職者を目指すシュロモや入植地に育ったモイセは大人の論理をそのまま持ち出し、会おうともしない。パレスティナ人の方が考えはまともだ。会って話し合ってみるべきだと口々に言う。マハムードはブロンドに青い目で、日本人の感覚だと全然「アラブ人」には見えない。彼は執拗にユダヤ人には会いたくないと言う。エルサレム郊外の難民キャンプ(ここで育ったサナベルは「エルサレムには一度も行ったことがない」)で双子を迎えるファラジは念入りに髪に櫛を入れ、コロンまでつけて、まるで彼女を待つといった雰囲気。双子はパレスティナの子ども達とあっという間に打ち解ける。「ワールドカップはどこを応援する?」「ブラジル」「僕も」一緒に食事をし、サッカーに興じ、幸せな時間が流れる。状況は悪化している。今では「どうせいつか死ぬなら自爆してもいい、それが同胞のためになる可能性があるなら」と口走る子もいるとのことで、悲しいことだ。今の情勢ではもう互いに会うことは出来ない。(渋谷・アップリンクファクトリーで上映中。BOX東中野ではありません!)
6.「ニュースタイム」アッザ・エル・ハッサン監督(2001年パレスティナ)Ф
女性ジャーナリストが自宅周辺で遊んでいる4人のパレスティナ人少年と知り合い、その日常を撮ったドキュメンタリー。彼らの行動はまだまだ子どもらしく微笑ましい。しかし不穏な空気も。テロ、報復の銃撃、投石、またも銃撃、葬儀・・・。少年達の友人もイスラエル軍の銃弾に倒れる。悲しい。悔しい。きっとこんなところから憎悪が芽生えていくのだ。しばらくその地を離れることになった監督に「また会えるかな」と一人が尋ねる。「4年後に誰も死んでいなくて国外移住もしていなかったら、また会おう、約束だよ」と別の少年が言う。「一人でも欠けていたらだめだよ」その約束は果たせるだろうか。ますます悪くなるパレスティナ情勢に心が痛む毎日。(5.より後のより厳しい情勢になってから撮られたと思われる。この作品の方が「プロミス」というタイトルにふさわしいかもしれない。)

Ⅱワールド・カップではいけなかったが、文芸では復活の兆しを見せる旧ソ連圏
1.『バルト諸国の歴史と現在』小森宏美・橋本伸也著東洋書店К
今まで美化して、そして一緒くたに語られがちだったバルト3国のロシア革命後の独立(最初に独立を承認したのはソ連なのだ)あたりからの歴史と91年の独立回復以降の問題点(国内の少数民族に対する処遇等)をまとめている。ブックレットなので本当にコンパクトではあるが、『ディナモ・フットボール』『伝説となった国・東ドイツ』と並んで「こんな本が欲しかった」という逸品。
2.ロシアアニメ短編プログラムより「ネコとピエロ」ナターシャ・ゴロワノワ監督(1988年旧ソ連)Ф
ぶーたれていて可愛げないところがなんとも愛しい、ピエロと一心同体・・・だけど、素直に甘えられないシャイなネコ。意外な、そして心温まるラスト。
3.東京フィルメックス映画祭「60年代のロシア映画特集」より「夕立ち」マルレン・フツィエフ監督(1966年旧ソ連)と「再生の街」ウラジミル・ヴェンゲロフ監督(1965年旧ソ連)
「特集」と銘打つからには4,5本は揃えて欲しかった。使い古した言葉ではあるが、古きよきモスフィルムの世界を満喫できる2作品。「夕立ち」は同監督の「私は二十歳」よりもメランコリック。一見申し分ないフィアンセを振ってしまうヒロインの行動、私にはわかる。「喜寿は人生の黄昏ではありません!」と力強くおっしゃっていた監督にはどうかこんな映画を再び撮っていただきたい。ヴェンゲロフ監督は故人。戦争により失明した主人公が酒におぼれ、周囲の人の厚意も踏みにじって、どうなることやらと思わせるが、戦友との再会で更生してゆく。戦争で荒廃していた街並みも復興してゆく。別れた妻へ慕情を募らせるのは甘い(それなら一緒にいるときに更生すれば良かったのだ)が、まあ、許します。
4.フォメンコ工房「戦争と平和」(ロシア)Т
小説としてはあまり好きでなかったのだが、この舞台には体に震えが来るほど感動した。昨年は舞台を比較的多く観ることができ、休憩時間にワインとヴォトカを振舞われダンスを強要された(?)ルーマニアのラドゥ・スタンカ劇場の「白痴」もおもしろかったが、最高の作品というと、これ以外ない。「なぜ戦争に行くのか」を執拗に問いかける3時間余の作品。
5.『ロシア建築案内』リシャット・ムラギルディン著TOTO出版К
「こんな本が欲しかった」がもう一冊。写真・地図・資料ともオールカラーで詳細で美しい。読むときっとロシアに行きたくなる!
6.「変身」ヴァレーリー・フォーキン監督(2002年ロシア)Ф
主演のエヴゲーニー・ミローノフの特撮も特殊メイクも無しの虫の演技はロシア演劇の底力を見せ付ける。旧ソ連伝統の、しかし久しぶりのロシアの本格文芸作品。

Ⅲ「巨匠」より「鬼才」だった中・東欧
1.「ノー・マンズ・ランド」ダニス・タノヴィッチ監督2001年スロヴェニア他Ф
敵にも礼儀正しく握手を求めるお人好しはセルビア人、何かと殺気立っていて義理人情に厚い男前がボスニア人(これは監督が敢えて「普通の感覚」と逆にしたのだろう)。もう一人地雷の上に寝かされて動けないボスニア兵。国連のPKOや各国のマスコミ、地雷除去の技術者が来るけれど、結局何の助けにもならない。あるのは虚しい死のみ。
2.「クルテク~もぐらくんと森の仲間たち」ズデネック・ミレル監督19571999年旧チェコスロヴァキア~チェコФ
福音館書店「もぐらとずぼん」の原作アニメ(絵本よりアニメの方が先だった)が今になって観られるとは、懐かしくて、嬉しくて、早速初日初回に観に行った。説明は不要。観ている間はただただ幸せでいっぱい。もぐらくんは思っていた以上に可愛い声で「ヘレ、ヘレ!」(「ほらほら」?)としゃべる。今回はわずか7本の上映だったが、全部で50数本のシリーズなので、どんどん上映してください。
3.『伝説となった国・東ドイツ』平野洋著現代書館К
様々な年代・階層の旧東独の人たちを取材し、丹念に分析している。でも厳密な学術的な報告書ではないし、文体はよい意味でとても軽く、読みやすい。名著である。東独時代には職場の人の誕生日ごとに一日中パーティーをしていたと言う。(これだけ読むと案外いい国だったのでは、という気がする。「えっ、西ではやらないのか、と気がついて数時間で済ませることにした」と実は今でもしぶとく飲んでいる旧社会主義体制感覚、あっぱれ!)彼らの考えていることは突き詰めていえば「東に生まれて大損した!」移民などより自分たちこそ「ドイツの富」を配分してもらう権利があると思っている。だから移民排斥に走るのか。著者は「殆ど憎んだ旧東ドイツの人たちに」と記す。
4.「チェコアニメ新世代」より「魔法の鐘」アウレル・クリムト監督1998年チェコФ
「チェコアニメ新世代」の作品は総じて明るいと評判で、中でもこれはパワフルなミュージカル仕立て。他の作品は親子で見ていると若干焦るようなアダルト場面があるが、これなら大丈夫!飲んでばかりで全く役に立たない(別に邪魔にもならない)ロシア人、鐘の価値を知らずに大砲にしてしまうマジャール人、「ニャニ・ニャニ・ニャーニ」と肩組んで踊ってばかりの笠をかぶった中国人。こういう民族の描き方に文句が来なければいいが。
5.Super8」エミール・クストリッツァ監督(2001年ドイツ・イタリア~ということになっているけれど、紛れもなくユーゴスラヴィア魂映画)Ф
クストリッツァは映画を撮るので超多忙なのかと思っていたら、「ノー・スモーキング・オーケストラ」(「アンダーグラウンド」や「黒猫・白猫」でがんがん演っていたあのバンド)のギタリストもやっていて、「あれ、おもしろかった?じゃあ今度は音楽だけで映画を作っちゃったからね!」というのがこの映画。やっている本人たちも楽しいし、見ているこちらも文句なく楽しめますわ。特に好きなのはさびの部分で「ユー、ゴ、スラ、ヴィア!」と連呼する(曲名がわからなくてすみませんが、サッカーの試合でもよくやっている)曲。クストリッツァもサッカーのユーゴスラヴィア代表のユニフォームを着て気持ちよさそうに歌っている。あ~あ、でももうすぐユーゴスラヴィアの国名は消滅してしまうのだ。それに清水市も。サボー・イシュトバーンの「太陽の雫」、ヤン・スヴィエラークの「ダーク・ブルー」など巨匠の作品が期待はずれ(と言うとかわいそうだが、前作より手を抜いた感が否めない)だった中で、唯一期待通りだったのが、鬼才クストリッツァであった。※「ダーク・ブルー」は本の方はいいと思う(ズデニェク・スヴィエラーク著・角川文庫)。しかし、この時期にイギリス空軍で闘ったチェコ人パイロットを取上げるのは「この前の戦争でも協力していたからさ、NATOに入れてよ」と言っているみたい。

Ⅳその他のヨーロッパと北中南米と東アジア(←要するに「その他」)
1.「ブレッド&ローズ」ケン・ローチ監督(2000年イギリス)Ф
「パンだけではなく、バラも」は1911年マサチューセッツ州の移民労働者が掲げたスローガン。ヒロインはメキシコから不法入国してカリフォルニアの清掃会社で働く。有給休暇も健康保険もなく、仲間を売るように強要され、常に首切りと紙一重の無権利状態に晒されている移民労働者達は組合に入って立ち上がる、90年前のあのスローガンを掲げて・・・なのだが、まともな労働争議が絶えて久しい日本で育った私は、本社ビルのロビーにプラカードを持って立てこもり、会議や商談の場にもシュプレヒコールをあげながら押しかけるといった戦術は、「いくら争議行動だといっても、刑事免責の規定にあてはまるのだろうか?民事免責の適用はどうなるのだろう?」と、はらはらするというより違和感すら覚えた。これがラテン系のノリ?それとも本来、争議というのはこういうものなのか?(皆すぐに釈放されたところを見るとやはり正当行為なのか。)奨学金まであと一歩だから危ない橋は渡りたくない苦学生、「英語は未だ苦手、今職を失いたくない」と腰の退けているスラヴ系移民(でも仲間は裏切らない)、仲間を売り、体も売って職を得ていたヒロインの姉、ヒロインも肝心なときに色恋にのめり込むし(「バラも」はそういう意味ではないだろうが)、苦学生の友人を援助するためとはいえ強盗なんかして。優秀な組合活動家といえるような人物は実はあまりいない。でもやるときはやるのが彼らマイノリティーの強さだろうか。
2.アキ・カウリスマキ(フィンランド)のプレスリリース
ニューヨーク国際映画祭に招待されていたイランのキアロスタミ監督が合衆国のビザ発給拒否という信じがたい措置により参加を断念。フィンランドのカウリスマキ監督は映画祭参加拒否で、これに抗議。声明はユーモアを交え、彼らしさを如何なく発揮している。特に「キアロスタミがこんな目に遭うくらいなら無名の人々はどんなことをされているだろうか」と名もなく貧しく美しくもない人々を案じている部分は「ラ・ヴィ・ド・ボエーム」「愛しのタチアナ」「浮き雲」等の彼の作品を髣髴とさせる。そして「一市民として合衆国のジュネーブ条約違反を告発する」ときっぱり宣言する行動力。映画祭に参加した他の映画人達は何らかの行動をとったのだろうか?それにしても、キアロスタミの優しさ、カウリスマキのユーモア、合衆国にはこれらが今、最も必要なのに。映画祭で上映されるはずだった新作「過去のない男」は恵比寿ガーデンシネマで「陽春公開予定」とのこと、必ず観に行きます!「もしかすると彼の作品よりおもしろい」という、この声明全文が読みたい方はお知らせください。差し上げます。

Ⅴ最後に日本 「我が青春のサッカー」の終焉~エスパルスの大榎克己さんの引退表明
昨年の暮れ、清水の友人から「Наконец」(「遂に」という意味のロシア語)というタイトルでメールが届いた。5年位前から覚悟はしていたのだが、今期はフル出場していることが多かったので、もう一年くらいは・・・と勝手に期待してしまっていた。翌日、それが新聞記事として活字になっているのを見ると、一つの時代が終焉したことをはっきりと感じた。これからどうしたらいいのだろう?83年以来、ずっとファンだった。美男はイランだ、ユーゴスラヴィアだ、グルジアだとうるさい私であるが、サッカー選手については殆ど浮気しなかった。清水の高校や暁星、室蘭大谷の選手の追っかけをし(当時Jリーグは未だ存在しなかったのである)、その後も人並み以上には選手のチェックをしていたけれど、大榎さんと同程度と言えるほどの魅力を感じたのは93年に生で見たピクシー(ドラガン・ストイコヴィッチ)と83年生まれのワールドカップ・プレイヤー、ドミトリー・シチョフ(前号「ワールドカップ編」参照)、この二人のみ。大榎さんに先立ってピクシーも一昨年引退してしまったから、残っているのはシチョフ君だけ。でもこの子は問題児。契約問題でもめ、早速4ヶ月の試合出場停止中。これだけ大騒ぎしたからにはスペインリーグ(できればソシエダかセルタ)に行って活躍して欲しいものだ!欲しがっていたミランでもいい。ミランのシェフチェンコ、インテルのレコバ、ユベントスのネドヴェド、フェネルバフチェのリュシュトゥー、曲波(所属チーム不明)、ダエイ等々の活躍も祈る。日本人選手は誰を応援するべきかまだわからない。チームとしては引き続きエスパルスとFC東京だが。

★見逃してしまった作品(ご覧になった方、内容・ご感想を教えてください、悔しいけど。)
・フォメンコ工房「狼と羊」(最初は「戦争と平和」よりこれを観るつもりだった)Т
・ジャファル・パナヒ「チャドルと生きる」(「白い風船」の監督が社会派映画を撮るとは思わなかった。ヴェネチア映画祭金獅子賞受賞)Ф
・ケン・ローチ「ナビゲーター~ある鉄道員の物語」(「ブレッド&ローズ」より観たかった)Ф
・ジャムシェド・ウスモノフ「右肩の天使」(東京フィルメックス映画祭審査員特別賞受賞)Ф
・チャウ・シン・チー「少林サッカー」(カレン・モクが好き)Ф
・「セプテンバー11」(11カ国11監督の各119秒の作品のオムニバス。TBS911日深夜に放映したのだが、録画し損ねた。獅子座流星群を見逃したような大失敗!顔ぶれが凄い。サミラ・マフマルバフ(イラン)、ケン・ローチ(イギリス)、ミーラー・ナーイル(インド)、ユーセフ・シャヒーン(エジプト)、今村昌平(日本)等々。)Ф

今回もいろいろ同封しておりますが、
・映画「プロミス」~チラシにはBOX東中野で上映と書いてあるが、現在は渋谷のアップリンクファクトリーで上映中です。

・ブッシュ氏宛のはがきは出来るだけ早く投函していただくようお願いします。1月末に戦争を始めるという話があるので、心配です。既にお願いしてあって、もう投函されたという場合は、どなたかにお願いしていただければ幸いです。



補遺
その後観たもの
ケン・ローチ「ナビゲーター~ある鉄道員の物語」
 恐ろしいラストだが、ケン・ローチ作品の中でも良いものだと思う。
・チャウ・シン・チー「少林サッカー」
 サッカー映画の中でも大好き。
・「セプテンバー11
 冒頭のサミラ・マフマルバフのが一番好き。