ロシア文学を結構読んでいる上司(まあそういう時代だったのだろう)から、「ロシア文学ってさあ、なんかタイトルが暗いよね。『罪と罰』とか『どん底』とか」と、言われたことがあります。
(その上司の机には、一昨年から光文社古典新訳文庫の亀山訳『カラマーゾフの兄弟』が積まれています。読まれた気配はありませんが。)
私はそ~んなに読書家ではなく、文学に詳しいわけではないけれど、世界の文学の中でロシア文学が特に暗い、という印象はありません。タイトルだけで判断されてもねえ。
モームとかモーパッサンとかの感じの方が、<私には合わない暗さ>なのですが、それも人によりけりだろうと思います。
意外なことに、黒田龍之助先生は(「あの黒田龍之助先生」とお呼びすべきか)モームがお好きのようです。
ロシア文学?別にそんなに暗くないよ。
というのが、私自身の印象なのですが、マキシム・ゴーリキーの『どん底』はあまり好きなわけではありませんでした。
『どん底』がというより、ゴーリキー自体があんまり。
『どん底』については、これまで舞台もいくつか観たけれど、「これは」と感じるものには出会えていませんでした(大好きなユーゴザーパドの舞台でさえ、それほど感動したという記憶はない)。
ところがです。わからないもので、『どん底』に復活の気配があるそうです。
朝日新聞の4月23日の文化欄です。
ふ~ん、こんなに沢山舞台にかかっていたのか。と、一種の感慨が。
この記事で言及されている舞台には、残念ながらどれも観にいけなかったのですが、唯一!ジャン・ルノワール監督の映画「どん底」は国立近代美術館フィルムセンターに観に行くことができました。
ゴーリキー、あんまり好きじゃない、なんていうある種の先入観があったにもかかわらず、この映画は楽しめました!さすが、巨匠、ジャン・ルノワール。
ペーペルとかナターシャとか、人名はロシア語のままですが、雰囲気は<昔のフランス映画>そのものですね。
(ペーペルっていうのは、ロシア語で<灰>です。泥棒・詐欺師っぽい名前だ。)
説教好きのルカやいかにもロシア臭い(失礼!)サーチンの出る幕があまりなくて、ペーペル・ナターシャのラブストーリー、ペーペル・男爵の友情物語が軸になって、観終わるとなんだか青春ものを味わったような気分になります。暗くない!爽やかで明るい、とさえ言えるかもしれません。
割とお薦め。
ところで、私、『どん底』のロシア語原題 <На дне>を間違えて<До дна>と書いていましたが、しばらくたって誰に指摘されたわけでもなく自分で気がついて「きゃー、恥ずかしい!」と思いながらこっそり直しておきました。
*На дне:на+前置格(場所)「~で」
*До дна:до+生格「~まで」
黒龍会の「しんねんかы」なんかで<До дна!>って言ったりして、こちらの方が使用頻度は断然高いもので・・・。
註:強要してはいけません。それはアルハラ。
註その2:この黒龍会は、政治団体ではありません。「くろりゅう」「あむーる」などと読みます。
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